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3.黒人音楽の世界制覇/07.新しい音楽、ニュースクール

2009年8月30日 土蜘蛛 | コメント(0)

 88~89年頃「ネイティブ・タン」と呼ばれるN.Y.のアーティスト集団(ジャングル・ブラザーズ、デラ・ソウル、ア・トライブ・コールド・クエストなど)が次々と世に出る。彼らはオールド・スクール回帰を訴え、ヒップホップをもっと力の抜けた「音楽」として楽しむ集団で、それまでの確立された政治的・過激なミドルスクールのラップの形を自由に壊し、発展させた音楽は「ニュー・スクール」と呼ばれた。彼らはミドルスクールの金のアクセサリーを身体中にまとい、マッチョなイメージだったスタイルに対し、アフリカの木のアクセサリーを身にまといピースフルで自然態なスタイルで、黒人以外の人々にヒップホップを広めるのに大きな役割を果たした。ヒップホップは閉鎖的で怖いと言う偏見がとけ、明るく、オープンでアーティスティックなものと世界に認知され、黒人以外の世界の人種に広がった。

 そして今でもヒップホップは魅力を失うどころかその出来あがったイメージをまた変えようとしている。DJから始まったヒップホップ音楽は「サンプラー」という、あらゆる音を音楽にできる新楽器の出現によって、革新的変化を遂げた。その初期はDJとして流していたなごりで「レア・グルーヴ」と呼ばれるソウル、ファンク、ディスコなどの先人達の創り出したグルーヴを「ネタ」に使用していた。そのまま踊れる曲として使えるのだ。

 やがてヒップホップDJはジャマイカのダヴ・ミュージシャンが多用したように街の音や銃の音など、日常の音を曲中の効果として使用したり、クラシック、ジャズなどそのままではダンス・ビートにならない「ネタ」を加工して、グルーヴィーにした。そして曲をそのまま使って加工するのではなく、バラバラの音用いて、無からグルーヴ自らの手で作り出す「トラックメーカー」と呼ばれるミューシャンが登場する。そこで使用される「ネタ」は何でもありで楽器の音ですらない。

 サンプラーとヨーロッパのテクノが結びついた、DJシャドウなどのラップのないインストゥルメンタル音楽「アブストラクト・ヒップホップ」の登場はヒップホップの解釈の拡大であった。今までヒップホップを聞かなかった人々に目をむけさせ、ヒップホップは音楽性だけで充分勝負できることを証明し、ヒップホップの未来の可能性に果てはないことを示した。ディ・アンジェロはゴスペル、ソウル以来の歌やメロディー「ニュー・クラシック・ソウル」を取り戻した。ティンバランドは今まで誰も聴いたことのなかったグルーヴィーで革新的なビートを追求し続けて、その新鮮な冒険性とポップなメロディーの融合と言う新しいスタイルによって世界的なヒットを飛ばしている。

 これから(※)も黒人音楽家は様々な音楽を吸収しつつ、黒人音楽をさらに進化させ、「黒人らしさ」を表現し続けるに違いない。この世に黒人がいる限り、黒人音楽はなくならないのだ。

※執筆時の状況をざっと触れたが、あれから10年、R&B、ヒップホップというジャンルの大きさ、勢いはそのままに、それはもはや「黒人」音楽とはいえないくらい世界共通の文化になっている感もある...。

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